市井の名医⑰

 

 


永田勝太郎

(公財)国際全人医療研究所 代表理事
千代田国際クリニック 院長

 


線維筋痛症は全国に200万人はいるといわれる。難治性の痛みに苦しみ、多くがクスリ浸け医療のなかで助けを求めている。彼らは多くの心理社会的問題を有していて、症状がなかなか改善しないためにあちらこちらの医師や病院を訪ねる。最後に助けを求めて集まるのが永田医師の元である。永田医師はみずからステロイドミオパチーとなり、血のにじむ苦しみの中から立ち直り多くの難病の患者のために尽くしている。

 永田医師は「夜と霧」を書いたヴィクトル・フランクルの最後の弟子だ。永田氏は慶応義塾大学経済学部で学んでいたが途中から医学を志して進路を変更し、福島県立医科大学で医学をまなび医師となった。1977年に卒業後、千葉大学医学部付属病院で研修し、1979年千葉労災病院内科、1980年に北九州市立小倉病院内科医員となり、九州大学で心療内科を開いた池見酉次郎に学んだ。東邦大学から会津に出向し、生きる意味などを考え始め、ビクトールフランクルに手紙を書いたところ会いにきなさい、と手紙をもらい、会いにいったのが長い付き合いの始まりだった。会津は大勢の患者を受け持ったが、院内に温泉のあったことから温泉療法を手掛けて効果を実感した。「今から20年以上前に、深い山間にある病院に3年間心療内科の医長として赴任しました。その病院には院内に温泉が湧いており、職員や患者が自由に使えました。しかし、他の医師はあまり関心を持たず、放置されていました。入院患者に、「あなたは1日2回、午前と午後、1回10分ずつ入って下さい。」と温泉処方をしたところ、温泉療法だけで食欲の昂進、豊かな睡眠などQOLを高める効果がでてよくなる患者がいたのです」。
 その後、浜松医科大学附属病院心療内科科長(保健管理センター講師)となり、痛みの患者を扱っていたが、難治性の痛みに温泉療法と実存療法(ロゴテラピー)を組み合わせると効果があがる患者のいることを発見。舘山寺温泉の女将と協力して治療にあたった。
 浜松医大で多忙な激務を無理を重ねてこなしていたが、10年目のころ疲労から下肢に痛みを感じるようになり、倒れるほどになった。生検の結果、炎症があり、筋膜炎と診断された。痛みを取るのにステロイド大量療法が選ばれ、幸いにも痛みは3日で収まった。しかしステロイド量を減らしている最中の1週目に突然力が抜けて崩れ落ちた。それから1週間、あっというまに寝返りも打てないほどの寝たきりになってしまった。やたら口渇があるため念のため血糖を測ったら600mg/dl を超えるほどであった。寝たきり状態は年を越してもよくならず、主治医からは「永田先生、あなたはもう一生立てません、歩けません。車いすも無理です。治療方法がありません。」と言われ、リハビリもおざなりであった。ここにいたら野垂れ死ぬ、転院しよう、と熱海の病院に転院。そこで温泉や手厚いリハビリ、鍼灸のおばあさんなどの助けで2年かかったが歩けるところまで回復した。この間、絶望的になる気持ちを支えてくれたのはVEフランクルの言葉「人間、誰しもアウシュビッツを持っている。しかし、あなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない。あなたを待っている誰かや何かがある限り、あなたは生き延びることができるし、自己実現できる」が支えとなった。

 1986年、38,9歳の頃にヴィクトル・フランクルを訪ね、彼の実存療法に深く傾倒したことは前述したが、フランクルはユダヤ人としてナチの収容所に収容され、奥さんや両親を殺されながらも、絶望の中を生き抜いた人で、戦後オーストラリアのウィーン大学で精神科教授となり実存医療を打ち立てた。人間は、動物と人間共通の心理(動物性・衝動性)より、もっと高い次元の「精神」機能を発現させることにより、自らの自由意志に基づいた責任のある決断を行い、人生の意味や、価値を追求しうる存在、すなわち、「意味への意志」を発動することのできる存在であると主張した。フランクルは「意味への意志」の「発動」にこそ人間の価値があるとして、治療者である医師やセラピストは患者の精神性を刺激して目覚めさせる事が必要である。
 永田医師の得た研究費の課題をみると、関心の対象と深まりが反映していることがわかる。17-ケトステロイドに関する研究(1977年)、慢性疼痛の診断と治療(1982年)、実存分析学の臨床的研究(1990)、全人的医療の方法論に関する研究(1992年)、サルートジェネシス(健康創生論)の臨床応用(2004年)というようにだんだん全人的医療に傾いている。
 浜松医大を定年退職後は武蔵野病院,渋谷コアクリニックで診療をしていたが、全国から痛みをもった患者が集まり、予約も取りずらくなったことから開業を決意、 2016年9月1日67歳の時に神田小川町の小さなビルの6階を借り切って千代田国際クリニックを開院した。千代田国際クリニックは内科・循環器内科・心療内科・精神科を標榜するが、痛みをもった患者が全国から訪づれ、1年半の開業で500人以上になるという。
 彼の40年以上の経験、学問的蓄積は痛み治療に様々な道を開いてきた。痛みの治療というと、鎮痛消炎剤、神経ブロック、抗うつ剤、抗けいれん剤などの薬物療法が主で、そこに、鍼灸マッサージ、リハビリテーションなどの補助療法が加わるのが一般的である。
 これら治療でもよくならない患者がたくさんいる。その結果、多くの患者はクスリ漬けになってしまい、36種類ものクスリと12種類のサプリメントを服用している人がいる。さらに、患者の医師漁りも著しい。病歴を聴くと、34の病院を回ったという患者がいた、という。こうした慢性の痛みの患者には、いくつもの共通点があることを永田医師は見つけた。

  1. まず、自分の痛みがなんなのか、いくら病院を巡っても原因がわからない。多くが、器質的疾患にその原因を求めようとする。
  2. 痛みさえ治してもらえればよいというような依存的な気持ちが強い。
  3. なかなか原因を見つけられない医師に対し、不信感を感じ、さらに強い怒りを潜在させている。にもかかわらず、医師に頼らなければならないという現実に直面している。こうしたアンビバレンツから脱却できない。

 1のために、患者はレントゲン、CT、MRIなど多くの検査を受けることになる。多くの慢性疼痛疾患は、機能的疾患なので、現代医学の盲点にあり、積極的診断・治療には、東洋医学や心身医学、自律神経学的方法を必要とする。
 2は最も重要である。永田医師は、慢性の痛みは、「生き様の歪み」が原因と考えている。患者は、固有の身体(からだ)・心理(こころ)・社会(環境)・実存(固有の生きる意味)的生き様を有している。すなわち、患者は、生活者なので長年の生活は人生にさまざまなバイアスを生じ、それが、結果的に生きざまの歪みになる。患者本人がその歪みに気づき、それを治したいという気持ちにならねば治らない。診療所には器質的疾患を除外するために超音波診断器、レントゲン撮影機、臥位・立位の血圧測定器、血液の状態をみる暗視野顕微鏡などが備えられている。
 3は深刻な問題で、初診で外来に来た患者は皆、怒りを潜在させている。顔はにこやかでも心の中には、怒りがある。前医への怒りを溜めて、外来を受診し、怒りをぶつける人も少なくない、という。怒りの処理は難しい・・・。
 

血液の状態をみる暗視野顕微鏡
線維筋膜症の人の赤血球は、連銭や凝集が多く見られる。

 生体の調節機構には、古くから、自律神経系、内分泌系、免疫系が知られている。しかし、それだけでは生体のホメオスタシス機構は全て説明できない臨床例がある。生と死、成長と老化といった二律背反的な問題は生命の本質を語っている。生物としての人間は、動物機能に加え、酸化バランス防御系という植物機能も内在している。酸化バランス防御系は、地球上の有酸素反応により生命を維持する全ての生物にとり、必須の防衛手段である。経口摂取する野菜、魚、肉など多くの食材に抗酸化物質が入っている。

 千代田国際クリニックでは、イタリアで開発されたFRAS4(Free Radical Analytical System 4)を導入し、生体の酸化バランス防御系を測定している。d-ROM test値は酸化ストレスを現し、BAP test 値は生体が有している抗酸化力を示し、潜在的抗酸化能を示す修正比を測定する。さまざまな病気の方達の酸化バランス防御系を測定すると、いくら検査しても異常がないと言われる線維筋痛症のような慢性の痛みの患者でも、酸化バランス防御系には異常が観られる。線維筋痛症では、酸化ストレスが高く、潜在的抗酸化能が低下していることが多い。また血糖値の不安定なグルコーススパイクによる低血糖も原因となっている。このような患者は血糖を上げる食事指導が必要になる。

低血糖の治療
患者教育にも熱心に取り組む

  永田医師は現代医学に加え、東洋医学や心身医学を導入し、漢方薬や鍼を導入した統合医療や全人的医療をおこなっている。漢方薬を使っている患者は、酸化ストレスが少なく、抗酸化力が高く、潜在的抗酸化能が高く維持されていた。漢方薬そのものに強い抗酸化力をもつものがあるからだろう。鍼も酸化ストレスを有意に低下させ、潜在的抗酸化能を上昇させた。漢方薬や鍼などの東洋医学は酸化バランス防御系に直接的にポジティブな影響を与えることが明確になったので、東洋医学がアンチエージングや健康回復の方法として役立つであろう。 PTSD (外傷後ストレス障害)や線維筋痛症に悩む患者は我が国に多数いる。永田医師はこうした患者への治療的アプローチとして、さまざまな方法を考案してきた。食行動の異常者が多くいることから患者教育にも力をいれる。
 「線維筋痛症は全国に200万人はいます。難治性の痛みに苦しみ、多くがクスリ浸け医療のなかで助けを求めています。彼らは多くの心理社会的問題を有しています。私は、線維筋痛症を2つのタイプに分けています。心身症型と神経症型です。」
 彼が心身症型と読んでいる患者群は、主に周囲への過剰適応がその原因。過剰適応が問題になる心身症型の線維筋痛症は、薬物療法や単なる温泉療法だけで充分よくなる。一方、神経症型と呼んでいる患者は、何らかの大きなトラウマ(虐待歴など)を抱え、言わばPTSDの患者である。こうした患者は、患者の生きざま、過去の忌まわしい記憶が関係しているからクスリだけで対応できない。人間の生きざまを変えるくらい困難なことはない。
 PTSDの絡んだ神経症型の線維筋痛症は簡単には治らず、温泉療養に心理療法を加える事を考えた。それも、体験的な実存療法(実存分析:logotherapy and existential analysis)でないと効果がないと思い、試行錯誤の末、「温泉ロゴセラピー」に到達した。
 約4週間治療する温泉ロゴセラピーの経験を重ねてゆくうちに湯あたりの強い患者ほど、予後がよいという事に気づいた。34例の患者のうち、約6割が予後良好であったが、全体の82%に湯あたりが観られ、湯あたりの強いほど、予後がよかったのである。
 温泉療養期間中の脳波と心拍変動のスペルトル解析を行ってみると、湯あたりの時には、交感神経系も副交感神経系も大きく乱れる自律神経の嵐が起こり、それを乗り切る時から脳波にθ波やδ波が増加する。永田医師は「温かい温泉に浸かる事は胎内回帰にも似た体験(場)です。安全で安心して、リラックスして居られる。そうした環境下で、患者は急激に依存性が高まる。そこで起こるのが湯あたりで、それまでトラウマにとらわれていた脳の記憶が、誕生時の白紙の状態に戻る。患者は白紙になった自分の脳というキャンバスに新しい人生を自由に書き込んでゆくことができる。そこに治療者の実存分析的アプローチが効果を現すのです。」という。
 温泉ロゴテラピーでは、患者の治療者への依存性が急速に高まる。多くが患者にとって、治療者が必要不可欠な存在として映る陽性転移を起こす。こうした中から治療者がいかに患者を自律性へと誘導するかが難しい。治療者としての資質が試される。豊かな治療的自我(therapeutic self)が形成されていないといけない。治療的自我とは、治療者としての人格であり、バリントの言葉を借りれば、「医師というクスリ(doctor as a medicine)」の薬理作用とも言える。今の医学教育では不足している。
 実存療法を広めるために研究会を主宰しているが、ゆくゆくは大学院大学の設立も考えている。大学医学部の総合診療科があまり成果を上げないなかで真の全人的医療を行える医師を育てるには教育機関しかない、と信じている。開業して患者と相対してわかったことも多い、というがこのような医師こそかかりつけ医になってほしいし、医師の教育にもあたってほしい。

2001年Schweitzer賞(シュバイツァー) Albert Schweitzer Grand Gold Medal

1996年Hippocratic Award(ヒポクラテス賞) Medicus Hippocraticus Award(ヒポクラテス賞)

著書
死の臨床-わが国における末期患者ケアの実際、誠信書房 1982年
バリント療法-全人的医療入門、医歯薬出版 1990年
ロゴセラピーの臨床、医歯薬出版 1991年
慢性疼痛-治療へのアプローチ、医歯薬出版 1992年

千代田国際クリニック
千代田区神田美土代町11-8 
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